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日常とは, 情報が擦り切れた, 輪郭のない世界のことである.
懐かしい景色, それは, 何かを思い出しているだけで, 目の前の何も見えていない.
朝起きる. 朝食をとり, 朝支度をし, 家を出る. 見慣れた通学路を歩き, どこかへ着く. 変わり映えしない景色の中で, 少しの驚きを与えられ, 見慣れた通学路を歩き, 家に着く.
学校を歩いているとき, 学校は見ていない. 経路グラフを見ているか, 昇華されたルーチンを実行しているだけ.
地元を歩いているとき, 地元は見ていない. 既に体験した思い出をなぞり, その想起を楽しんでいるだけ.
あなたが自室で過ごすとき, 自室は見ていない. 実行可能なタスクを選び取るか, 自室とは関係のない情報を読み取っている.
賢い人は情報をそのまま受け取るのではなく, 必要な情報を選びとり, そうでない情報を削ぎ落とすのだという. 恐らくそれは正しい. 多くの人はそのように多くの情報を一度に処理することはできず, 抽象化されたタスク, 思考の要らない道のり, 言葉の意味も忘れた挨拶, を好むだろう.
現代はまさしく狂気の坩堝だ.
デザインだったかアニメーションだったか, 動きのあるものにはより注目が集まり, そうでないものは無いものとしてうっすら無視できるのだという.
この世界はどれだけ動いている?
歴史というカテゴリのトピックによれば, 数十年遡るだけで人の命は軽んじられ, たくさんの人が死に, 殺し合い, そして絶え間なく涙を流したという.
では今, 涙は流れないのだろうか? 命が失われなくとも, 失われる人生はどれだけあるのだろう?
結末の分かるストーリー. 見知ったシステムのゲーム. パターン化された音楽. 記号化された人格. 流行に則ったファッション. 言葉そのものに意味のない発言. 単純化された価値.
アレかな, 私がリズムゲーム下手くそなのって, 譜面をちゃんと見れないからなのかな ... 譜面という情報が記号化されてしまって, 粒度の細かい alignments を捉えられないっていう.
もうだめや.
白紙の世界で生きていくには, 私はあまりにも退屈すぎる.